ひだまり 

あなた本来の力を目覚めさせ、自分らしく輝いて生きていくことができるようになるアロマヒーリングサロン

ショックだったこと

先日三浦春馬さんが亡くなりました。

 

土曜日夕方娘から聞いて絶句でした。
ファン、というわけではなかったけれど、いつも優しく丁寧に、そして周りの人やものを大切にされる方だなぁと感じていました。

俳優さんだけれど、歌やダンスも上手だし、才能に溢れる素敵な方だなぁと。
最近では日本各地の伝統的なものを紹介したりもされていました。素晴らしいなと感じていました。
少し線が細いなぁとは思っていましたが。

 

娘は少し前から、なんか違和感というか、何か以前とは違うものを感じていた、と話していました。
だから、驚いたけれども、そこまで驚かなかった、というか。

 

実は私は学生の頃から何度か、自殺を考えたことがあります。
何度もどうしようもないことが起こったりどうにもこうにも辛かったり行き詰まったり、生きることに疲れてしまったり。
死にたい、ここから消え去りたい、と思ったことがあります。色んな自殺の方法を調べた時もありました。


でも、昔ならそのあとのことを考えてふと立ち止まったり、子どもが生まれてからはそのことを考えたり。

でも、私がその時々思ってきたのは、
死にたい。ってこと。ここから居なくなりたい。もうしんどい。

その時に、生きたくない、とは思わなかったなぁと。

私は子どもの頃から宗教教育を受けていますので(特定の宗教に属しては居ないけれど、カトリックの学校に通っていました)自ら命を立つことはいけないことだと習ってきたし、

20年ほど前からはスピリチュアルを学んできていたので、どんなに辛いことがあって、死にたいと思っても、死後の世界を知ってしまったのでとにかく生きなくちゃ、生き抜かなくちゃと思ってきて。
子どもにもそう教えてきました。


でも、もし、もう生きたくない、って思っていたらどうしたのか。


死にたい、と、生きたくない、は、似てるようで違うなと。

もう、生きたくない、という想いはもっともっと深刻で。

そこに至るまでの気持ちに自分自身も、周りも気付いてあげれたら、そう思わなかったのではないか。

真面目で優しい人ほど抱え込んでしまう気持ちがある。
周りの人を思いやるがゆえ、周りの人に迷惑をかける、心配かける、と、思うがゆえに、相談できず、抱え込む。
いつしか、抱えきれなくなった思いに自分自身も気づかないまま疲弊してしまうのかもしれません。
気を使いすぎたりもともと繊細だったり敏感すぎたり。


私もなかなか人に相談できない方で、いっぱいいっぱいになることも多いし、ギリギリまでひとりで抱え込む。
なので、体調に信号が出ます。
昔はそれさえわからなかったけれど、今はそうなった時に、あーまた溜め込んでいたなと。
私は身体に降りてきた時点で、最悪でも気付くのでそこで、方向転換したり、どこかに吐き出したりするのですが、

そうはできない人もいますよね。
それでも体を押しても頑張ってしまう人もいる。
自分自身がどう感じているのかさえ気づかない場合もある。

そして、人それぞれのキャパシティもあるから、耐えられる範囲も違う。
かなりの範囲耐えられる人と、すぐにいっぱいになる人と、それぞれに違うから、

周りから見て頑張ってないとか、頑張ってるとか、
すぐ弱音を吐くとか吐かないとか、その差を測ることはできないものです。
個人個人に与えられた学びの範囲も量も違うし、魂年齢も違うので、
やってくる課題の大きさも違うのです。
同じ大きさでも受け止める魂の成長具合にもよるので一概に同じような測ることはできません。

同じことが起こっても人により受け止められる程度は違います。


その日はずっと考えてしまって、というか、ショックすぎて、受け止めきれなくて。
なんで?なんで?と。
悲しすぎます。


もう生きたくない、そう感じてしまう前に、誰かに何かに吐き出してほしい。
悩みとか、愚痴とか、落ち込むことも、涙することも、恥ずかしいことなんかない。

 

ホントは自らSOSを出せるといいのだけれどみんながみんなそんなタイプではないから。
周りがどうしたん?なにかあった?と聞いてあげないといけないタイプもいる。ちょっとした変化を見逃さないように。

 

責任感が強かったり、周りに気を遣いすぎたり、我慢しすぎたり、自分は駄目だと責める傾向にあったり、我慢しすぎたり、優しすぎる人。

普段弱音を吐かない人がふとした時に漏らす弱音・・・

よほどのことがあるんだと思います。

 

そんな時、もうあと少しだけ頑張ってみよ?ではなく、

もう十分頑張った、休んでもいいよ、辞めてもいいよ、の一言を聴けていたなら。

 

まだまだショックは癒えていないけれど深く考えさせられた出来事でした。



三浦春馬さんの、
ご冥福をお祈りいたします。